不動産に関するQ&A

【敷金と賃料との相殺可否】
Q. 貸ビルのテナントから、経営が苦しいので敷金と賃料を相殺するとの通知が届きました。賃貸借契約書を見ると、敷金と賃料の相殺を禁止する規定を定めていませんでした。相殺は有効になるのでしょうか。

A. 賃貸借契約において、敷金とは、賃借人が賃貸借契約に基づいて賃貸人に負担する賃料支払債務やその他の債務を担保するために、賃借人から賃貸人に預託される金銭等をいいます。敷金の機能は、賃借人に万一契約不履行等の事情が生じ、賃貸人が賃借人に対して金銭支払請求をした場合に、賃借人がこれを支払えなかったときに備えた担保であるという点にあります。

 したがって、敷金は担保としての機能を有していますので、賃借人の側が未払賃料と敷金との相殺を請求できるとすれば、賃料と敷金との相殺により担保として預かっている敷金の額が減少してしまいます。また、賃借人は、賃料を滞納した場合には遅延利息を支払う義務があるのに、賃料と敷金との相殺を認めるということは、賃借人は、敷金が減少するというリスクを賃貸人に与えながら、自らは遅延利息も負担しなくてよいという状態になってしまいます。

 「相殺」とは、法律的には、互いに同種の債務(通常は金銭支払債務)を負担している者が、双方の債務が弁済期にあるときには、相殺により自己の債務を免れることができるという制度です。つまり、相殺とは、債務と債務とを相殺するということです。本件の場合に則していえば、賃借人の賃貸人に対する賃料支払債務と、賃貸人の賃借人に対する敷金返還債務とを相殺するということになります。

 相殺は、「双方の債務」の弁済期が到来していないと行うことができません。賃料支払債務は、賃料支払期日を経過すれば弁済期が到来していることは明白ですが、賃貸人の敷金返還債務の弁済期が何日かは敷金の法的性質をどうみるかにより見解が分かれています。
 最高裁判所の判例は、「家屋賃貸借における敷金は賃貸借終了後、家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当額の損害金債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を担保するものであり、敷金返還請求権は、賃貸借終了後、家屋明渡完了の時において、それまでに生じた右被担保債権を控除し、なお残額がある場合に、その残額につき具体的に発生するものと解すべきである」としています。
 つまり、賃貸人の敷金返還債務は、賃貸借契約が終了し、賃借人が家屋の明渡義務を完了した後に、弁済期が到来しているとされているのです。

 上記の敷金返還債務の法的性質からすると、賃借人が賃料と敷金とを相殺すると主張した場合でも、相殺は双方の債務の弁済期が到来しているものでなければなりません。賃料支払債務は弁済期が到来していますが、敷金返還債務は賃貸借が終了し、さらに家屋の明渡しまで完了しない限り弁済期が到来しないのですから、賃借人は賃貸借契約存続中には賃料支払債務と敷金返還債務と相殺することは法律的に不可能です。したがって、賃貸借契約書に賃料と敷金の相殺を禁止しているか否かにかかわらず、賃借人は敷金との相殺を主張することはできないことになります。